大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)1733号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

伊東良徳

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

瀨下明

右訴訟代理人弁護士

江口保夫

江口美葆子

豊吉彬

中村威彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求及び訴訟物

原告の請求は、「被告は原告に対し、金二三五〇万円及びこれに対する平成八年二月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。」というものである。

本件は、被告と住宅総合保険契約を締結していた原告が、保険の目的である静岡県伊東市〈町名略〉所在の建物及び家財道具の火災による金損を原因として建物についての保険金一六五〇万円、家財についての保険金四〇〇万円、臨時費用保険金一〇〇万円及び特別費用保険金二〇〇万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成八年二月一五日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。被告は、右火災は原告の故意に基づき発生したものであるとして、右請求を争っている。

第二  事案の概要

一  前提事実

1  原告は、平成五年二月一六日、被告と次の内容の住宅総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し、同日、保険料三万九七四〇円を支払った。

保険の目的 (一) 別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)

(二) 本件建物内の家財一式(以下「本件家財」という。)

保険料 三万九七四〇円

保険期間 平成五年二月一六日午後四時から平成六年二月一六日午後四時まで(一年間)

保険金額 本件建物につき一六五〇万円、本件家財につき四〇〇万円

保険金の支払額 火災によって保険の目的について生じた損害に対して保険金額を限度として再調達価額(新価)基準により算定した損害額の全額を支払う。

右損害保険金が支払われる場合において、その火災によって本件の目的が損害を受けたため臨時に生ずる費用に対して、臨時費用保険金として、支払われるべき損害保険金の三〇パーセントに相当する額(一事故につき一〇〇万円を限度とする。)を支払う。

保険の目的が全損となった場合、特別費用保険金として、支払われるべき損害保険金の一〇パーセントに相当する額(一事故につき二〇〇万円を限度とする。)を支払う。

被保険者 原告

免責事由 保険契約者の故意によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない。

2  平成六年二月四日午後五時すぎころ、本件建物において火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件建物及び本件家財は、右火災により全損となった。

3  本件建物は当時の原告の妻である甲野春子の所有であり、二軒の住居を東西に左右対称に配置して一戸の建物としたという構造になっている(以下、本件建物の西側住居部分を「西側建物」、東側住居部分を「東側建物」という)。

二  争点

1  本件の争点は、本件火災が原告の故意に基づくものであるかどうかである。被告は、本件火災による損害は保険会社の免責事由である原告の故意によって生じた損害に当たると主張する。なお、被告が本件第二回口頭弁論期日において被告の主張は原告による事故招致の点に限ると陳述したことその他本件訴訟の経緯に照らし、その余の被告の主張は時機に遅れたものとして却下する。

2  被告の主張

本件火災は、以下のとおり、原告の故意によって生じた損害である。

(一) 本件火災の原因

伊東市消防本部の火災原因判定書によると、本件火災の出火箇所は西側建物内の台所、居間付近であり、出火時刻は午後五時三五分であると判定されており、電気器具、設備等からの出火は否定されている。また、消火活動、西側建物の戸窓はすべて施錠されていることからみて、外部者が出火元の西側建物に侵入して放火した可能性もなく、不審火によるものとされている。

したがって、本件火災の原因としては、本件建物の関係者による放火が疑われる。

(二) 本件火災当日の原告の行動

(1) 原告が本件火災の翌日に伊東市消防本部の司令補肥田元幸に対して供述した質問調書によれば、原告は本件火災当日に以下のように行動したと述べている。

本件火災の当日、原告は友人である伊藤玲子とともに、午後三時半ころに東側建物に到着し、午後五時少し前に東側建物を出て、ヤオハン八幡野店に行って買い物をした後、友人である倉根守との待ち合わせ場所である焼肉店「もうもう亭」に午後六時すぎに入店し、午後九時までいた。

(2) 本件火災発生後の午後七時少し前ころ、警察官二名が焼肉店に来店して、「ガレージイタリアの方はいませんか。」と声を掛けたにもかかわらず、原告と伊藤は、何ら返事をしなかった。原告と伊藤は、かつてガレージイタリアという会社でともに勤務していたこと、当時他に右焼肉店には客は一組しかいなかったことに照らせば、原告と伊藤が何ら返事をしなかったのは不自然である。

(3) 午後八時のテレビニュースで本件火災が報道されたから、原告は、遅くともその時点において本件火災の発生に気づいたはずである。また、倉根が午後九時ころに右焼肉店に来店して本件火災を原告に告げたところ、原告は、あわてる様子がなく、落ち着いて会計を済ませて店を離れた。したがって、このような原告の対応は原告が本件火災を予期していたことを示すものである。

(4) 原告は、東側建物の窓を開けたままで外出している。本件火災は厳寒期に発生したものであるから、窓を開けたままであれば外気が入り、帰宅しても室内が寒いはずである。あえて窓を開けたまま外出した目的は、第三者の侵入があったように見せかけるためか、火災時に酸素を供給するためであったことが疑われる。

(5) 原告は、倉根を待つ目的であったのであれば、本件建物で食事をしながら待てばよいのであって、焼肉店で三時間も待とうとしたのは不自然である。このことから、原告が倉根が遅れていることを幸いとして、本件火災の発生を期待していたことが疑われる。

(三) 原告の負債状況

原告は、アメリカ合衆国において、レストランを開業しているが、その一号店は相場の三分の一で投げ売りし、二号店も破綻寸前の逼迫状況にある。

また、原告は、第一勧業銀行から原告名義及び原告の設立した会社名義で一億二六〇〇万円を借り入れ、一億一〇〇〇万円以上の残債務があるほか、三和銀行に対して約三五〇〇万円、大北孝次に対して四五〇〇万円、徳原徹に対して四〇〇〇万円(残元金は一九〇〇万円)の各債務を負担している。アメリカ合衆国においても、平成六年四月末現在で二五〇〇ドルの債務がある。そして、原告はいずれも支払を遅滞している。

原告が所有していた横浜市内の自宅は、平成八年五月二日の第一勧業銀行の不動産競売申立に基づき、平成九年六月三〇日に競落された。また、本件建物の敷地には、被担保債権を三和銀行の原告に対する債権とする根抵当権が設定されていたが、平成六年一二月一九日に競売開始決定がされ、平成八年八月二九日に競落された。

右のように、原告は経済的に破綻し、融資を受けることもできない状況にあったから、金策としては保険金の取得しか考えられない状態に至っていたと推測され、原告の故意によって本件火災が発生したことが疑われる。

3  原告の主張

本件火災は、以下のとおり、原告の故意によって生じたものではない。

(一) 伊東市消防本部作成の火災調査報告書添付の火災原因判定書によれば、本件火災の原因については、屋内配線、電灯等からの出火の可能性、電気コンロからの出火の可能性、内部者による放火の可能性が並列的に指摘され、特に、内部者の放火については、「内部者の放火であれば荷物等、特に女性の化粧品等については外出時持って出て行くものと考察される。」として、消極的な記述もされている。したがって、伊東市消防本部の調査によっても、本件火災が原告の故意によるものということはできない。

(二) 原告らが外出してから本件火災の発生までに三〇分以上の時間があり、また、原告らの行動には以下のように何ら不審な点はなく、原告の故意によって生じた損害であるとの疑いを基礎づける事実はない。

(1) 警察官が焼肉店で原告らに「ガレージイタリアの方はいませんか。」と言ったのに対し、原告らが答えなかったという点については、右のような発言がされたこと自体疑わしいし、また警察官の声がよく聞こえなかったのであるから、原告らが自分のことだと思わず反応しなかったとしても何ら不自然ではない。

(2) 本件火災のテレビニュースというのは「△△(本件建物の所在地)において火災が発生した」という趣旨のテロップが流されただけのものであり、火災の映像は放映されていなかったから、原告らが本件建物の火災のニュースであると気づかなかったとしても不自然とはいえない。

倉根から本件火災を告げられたときに原告があわてない態度をとったのは、倉根が冗談のように告げたために原告が本気にしなかったためである。むしろ、原告が放火した犯人であれば、焼肉店の経営者が後日になって証人となることを予期して、過剰に驚く演技をするはずであり、あわてない態度など取るはずがない。

(3) 原告が東側建物の窓を開けて外出したという点については、伊東市消防本部作成の火災調査書等の記載に照らせば疑問があり、原告の記憶違いの可能性がある。仮に、原告が窓を開けて外出したとしても、本件建物は別荘であり常に居住していないから、訪れた際には風通しのために窓を開放するのが通常である。また、防犯上、窓を開けておいた方が在室しているように見えるから、不自然とはいえない。

被告は、窓を開けたまま外出した目的は、第三者の侵入があったように見せかけるためか、火災時に酸素を供給するためであったというが、本件建物の出火場所は西側建物であるから、東側建物の窓を開けておいても役に立たない。

(4) 原告が焼肉店で倉根と待ち合わせたのは、原告、伊藤及び倉根の三人で本件建物で鍋物を食べようとしたからであり、何ら不自然ではない。原告は午後六時ころに焼肉店に入っているが、原告がアリバイ工作として焼肉店に行くのであれば、途中でヤオハンに寄ってゆっくり買い物をしたりせずに、可能な限り出火時刻(消防署の判定によれば午後五時三五分)に近接した時間帯に入店したはずである。

(三) 原告は、本件火災当時に多額の負債を負っていたが、その返済については概ね債権者との間で話がまとまり、支払の督促を受けて金策をしなければならない状況ではなかった。原告は、アメリカ合衆国でレストランを現在でも営業し、同国において取引停止等の処分を受けてもいない。

また、原告の日本での借金は二億円前後に上り、二〇〇〇万円の保険金を受け取って右の借金を返済しても、なお膨大な借金が残るから、このような原告が、刑事事件となる危険を冒してまで、放火をするなどということはおよそ考えがたい。

第三  当裁判所の判断

一  争いのない事実、証拠(甲一、二、乙一、二、七、八の1・2、九、一〇、一二の1の1ないし一二の8、一四ないし二〇、二四、三〇、証人倉根の証言、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  本件建物は、原告の当時の妻である甲野春子の所有であり、静岡県伊東市〈町名略〉所在の伊豆急分譲地内にある。本件建物は、二軒の住居を東西に左右対称に配置して一戸の建物を構成する二棟一戸建の建物であり、後記認定のとおり西側建物内が本件火災の出火元である。本件建物に入るために鍵が必要な入口は、東西の建物の玄関に入る手前にあるシャッター、東西両建物の各玄関の合計三箇所存在し、一旦玄関を出なければ東側建物と西側建物の間の相互の行き来はできないが、原告はこの三箇所の鍵をすべて所有していた(原告は、出火元である西側建物内に入る鍵を持っていなかったと供述するが、本件建物の構造、本件建物は当時の原告の妻の所有建物であること、及び原告が本件建物のシャッターの鍵及び東側建物の鍵を所持していた事実からすると、原告が西側建物の鍵も所持していたと推認するのが自然であり、原告の供述は、その供述態度からしても、また、「友人にすぎない倉根が西側建物内に入る鍵を所持しており、原告は西側建物を利用する機会があり、しかも、原告がシャッターの鍵と東側建物内に入る鍵を所持しているにもかかわらず、原告は、西側建物内に入る鍵だけを所持していない」という不自然な内容を含む点からしても、これを採用することができない。)。

付近の状況は、雑木林に囲まれ、別荘、保養所が点在して立ち並ぶ閑静な住宅地であり、地形はほぼ平坦で、延焼のおそれが少ない地域である。

2  原告は、アメリカ合衆国に居住してレストランを経営し、本件建物は帰国の折りに別荘として利用するだけであり、年に数回しか来訪しなかった。本件建物は、利用されないときには施錠され、別荘地管理人に対しては、本件建物に関する国内の連絡先を、倉根(勤務先はガレージイタリア社の横浜支店)としていた。原告もかつてガレージイタリア社に勤務していたことがあり、原告と倉根はその当時の勤務先の同僚であった。原告は、平成六年一月中旬に帰国し、同年一月二九日に伊藤及び倉根と本件建物を利用した。その後、同年二月四日までの間に本件建物を利用した者はいなかった。原告は、同年二月四日に伊藤及び倉根と本件建物ですごすことを約束し、先に伊藤と共に午後四時ころに本件建物に到着した。原告と伊藤は、東側建物内で携帯ガスコンロを使用してお湯を沸かしてコーヒーを飲んだ後、ほどなくして二人で本件建物から外出した(本件建物を出発した時刻は午後五時を中心としてその前後数十分の間と判断されるが、正確な時刻を認定することはできない。)。原告と伊藤は、午後五時前後に、横浜市所在の倉根の勤務先に電話をかけて待ち合わせ場所を互いに知っている焼肉店(店名「もうもう亭」)とする旨連絡し、ヤオハンで買い物を済ませた後、午後六時前後ころヤオハンの向かい側にある焼肉店に入った。

3  本件火災は、平成六年二月四日午後五時四〇分に本件建物から煙が出ているのを見た隣家の住人により発見されたものである。出火時刻は必ずしも判然としないが、午後五時四〇分よりも数分ないし数十分前であると推測される(伊東市消防本部の判定した午後五時三五分という出火時刻は、単に発見時刻から五分遡ったというにすぎず、具体的根拠に基づくものではないから、右認定を妨げるものではない。)。本件火災は、外部よりも内部、特に西側建物の北側に位置する台所と居間が強い焼燬状況を示しており、発火源は西側建物北側の居間付近または台所流し台付近に存在し、右発火源から出火して燃え上がり、四方に延焼拡大したものである。

本件火災発生当時、本件建物の玄関、窓等の開口部はすべて閉じられた上、施錠されていた。

4  別荘地管理人は、平成六年二月四日午後六時ころ、ガレージイタリア社の横浜支店にいる倉根に対して本件火災の発生を電話連絡し、倉根は管理人に対して、本件建物を訪問中の者が焼肉店「もうもう亭」にいることを伝えた。連絡を受けた警察官が同日午後七時ころ右焼肉店を訪れて店内の者に対して「横浜のガレージイタリアの人はここにいないか。」と尋ねたが、原告はこのことに気付いたにもかかわらず返答しなかった。

その後、右焼肉店内で放映されたテレビ放送中に、本件建物の所在地である静岡県伊東市△△において火災が発生したという文字テロップが放映され、原告は、これに気付いたにもかかわらず、格別の行動をとろうともしなかった。

同日午後九時ころ、右焼肉店に到着した倉根が原告に対して本件火災の発生を伝えたが、原告は、格別の驚いた様子を見せなかった。

5  伊東市消防本部作成の火災原因判定書では、本件火災の出火原因について要旨次のように記載され、出火箇所から発火源となる確証物件が発見されず、出火原因の可能性についても放火に結びつく結論に達しないため、本件の出火原因についての発火源、経過、着火物のいずれも不明であると判定している。

(一) 電気配線関係

玄関入口付近の分電盤はほぼ原形を保ち、出火に結びつく走炎現象は認められず、台所入口及び玄関入口付近の電灯コンセント及び電灯スイッチは強い焼燬状況が認められないから、ここからの出火の可能性は否定される。短絡(ショート)した配線部分が存するものの、消火活動時に切断された部分が相当あるので、その短絡の原因を判定することは極めて困難である。

以上の状況から、屋内配線、電灯等から出火した可能性はあるが、確証を得ることはできない。

(二) 火気使用器具関係

西側建物内から二台の携帯用ガスコンロが焼燬状況で発見されたが、開閉つまみはいずれも閉止の位置にあり、使用されていない。電気コンロが出火場所付近から発見されたが、差込プラグがコンセントに差し込まれていた状況が確認できず、コンロ本体の入切のつまみも焼燬が強いため、判断できない。

したがって、電気コンロからの出火の可能性はあるが、物的証拠がなく確証が困難である。

(三) 放火について

出火元である西側建物の出入口については、玄関シャッター及び南北の開口部は雨戸が閉められて施錠されていたため、外部者が西側建物内に侵入し、放火することは困難である。

原告を含む内部の人間による放火の可能性については、原告が外出した後に出火しているが、微少火源から一気に炎上した可能性があり、内部の人間による放火であるかについて判断することは困難である。

6  原告は、本件火災当時、本件保険契約の他にも、被告との間で、本件建物の火災による損害の発生をてん補するための保険契約を複数締結していた。すなわち、(一) 平成二年六月二一日に保険金額を建物につき一二四〇万円、家財一式につき六〇〇万円とし、保険期間を同日から五年間とする住宅総合保険契約を、(二) 平成五年二月一六日に本件保険契約を、(三) 平成五年一二月二七日に保険金額を建物につき四〇〇〇万円、家財一式につき八五〇万円、明記物件につき六五〇万円とし、保険期間を同日から一年間とする住宅総合保険契約を、それぞれ締結していた。

原告は、右のうち本件保険契約以外のものについては保険金を請求しておらず、本訴提起に当たっても、本件保険契約以外の保険契約が締結されていることを原告訴訟代理人に伝えていなかった。

7  原告は、本件火災当時において、会社を経営していたが利益が上がらず、確実な収益源を有しておらず、かえって第一勧業銀行に対する約一億一〇〇〇万円の債務、三和銀行に対する約三五〇〇万円の債務など巨額の負債をかかえ、その多くは債務不履行(履行遅滞)に陥り、一部の債権者から弁済を迫られ、担保物件の任意処分による内入弁済の交渉などをしていたが、全額を返済する見込みは立っていなかった。

二  右認定事実に基づいて検討する。

1 本件建物は、年に数回しか利用されず、利用されないときには施錠され、平成六年一月二九日に利用された後は数日間全く使用されておらず、その後同年二月四日午後四時ころから一時間前後の間、原告と伊東が滞在しただけであるところ、本件火災の発生時刻は右滞在後まもない同日午後五時ころないし五時四〇分ころまでの間であり、発火源は西側建物内部であって建物外部に発火原因があったとは考えられず、また関係者以外の者が外部から本件建物内に侵入した形跡もうかがわれず、他方において原告らは西側建物内に入ることも可能であったことからすると、本件火災の発火原因については、原告らによってされた当日午後四時ころから一時間前後の間の本件建物内における滞在中の何らかの行動に起因するものと推定するのが相当である。

2 ところで、右火災発生後の原告の行動は、次のとおり十分不審なものである。

(一)  原告は、自らもガレージイタリア社に勤務したことがあるばかりか、現在もガレージイタリア社横浜支店に勤務する友人倉根に対して待ち合わせ場所を焼肉店(もうもう亭)とする旨連絡した上、その焼肉店で倉根を待っている最中に、警察官が店内に入ってきて「横浜のガレージイタリアの人はここにいないか。」と尋ねたのであるから、待ち合わせの中の友人であるガレージイタリア社横浜支店勤務の倉根が交通事故など何らかの事故にあったのではないか等、倉根の身の上を案じるのが通常であると考えられるのに、何ら返答をしていない。

(二)  原告は、右焼肉店内において本件建物の所在地である静岡県伊東市△△において火災発生というテロップがテレビで流されていることを知りながら、右火災が本件建物の火災ではないかという心配をしようともしていない。

(三)  原告は、右焼肉店に到着した倉根から本件火災の発生を知らされても、格別の驚いた様子を見せていない(なお、原告及び倉根の供述によれば、倉根は原告に対して本件火災の発生を「家が焼けているのに焼けた肉なんか食べている場合ではないぞ。」と冗談めかして告げたと供述するが、炎上建物の所有者に準ずる者である原告に対する告知の方法としては通常ありえない表現方法がとられているので採用することができない。なお、仮に右各供述が真実であるとすれば、本件火災の発生は、原告にとって何らかの意味において好ましい発生であると推認される。)。

3 右1、2によれば、本件火災の出火原因を具体的に特定することはできないものの、原告は、少なくとも本件火災の発生を予期しつつあえて火災の発生を阻止しようとしなかったもの、すなわち、本件火災は原告の故意(未必の故意を含む。)による実行行為(不作為を含む。)又は故意による教唆もしくは幇助行為により発生したものと推認するのが相当である。

原告が本件建物につき複数の火災保険契約を締結していた事実及び原告が巨額の債務につき債務不履行に陥り、一部の債権者から弁済を迫られていた事実も、右推認と符合するものである。

なお、原告らの外出時刻と本件火災の発生時刻との間隔は、本件全証拠によっても十分に確定することはできない(数分ないし三十数分の間であると認定することはできるがそれ以上に詳しく確定することはできない。)が、そのことは右判断を左右するものではないというべきである。

4  そうすると、本件火災による損害は、本件保険契約における保険者(被告)の免責事由である保険契約者(原告)の故意によって生じた損害に当たるものであって、被告は本件火災についての保険金支払義務を負わないというべきである。

三  よって、その余の点を判断するまでもなく原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官野山宏 裁判官坂本宗一 裁判官下田敦史)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例